デザイン思考は効果がない?

野中郁次郎一橋大学大学院名誉教授と入山晃栄早稲田ビジネススクール教授の対談記事がとても興味深かったです。
野中先生は最近哲学者の山口一郎氏との共著で知識創造理論(SECI理論)と現象学を掛け合わせた「直観の経営」を出版されており、その中からの話が中心でした。
その中で、話題の中心からは少し離れた内容ですが、次のような会話がありました。

野中「ブレーンストーミングやデザインマネジメントなどのセミナー、あるいはワークショップから画期的なイノベーションが起こったという話が聞かれない」
入山「経営学の実証研究でも、ブレストそのものからアイディアは出てこないという結果になっている」

デザイン思考に何年も取り組んできた身としては、ちょっと「えー?」となるフレーズですが(笑)、言わんとされてることは、(デザイン思考をやってきたからこそ)わかります。
私自身も最近、野中先生の流れをくむ知識創造(ナレッジマネジメント)の勉強会に参加させていただいているのですが、SECIモデルからデザイン思考を見ると確かに「片手落ち」の面もあることがわかってきました。

しかし、これに「アート思考」を組み合わせると、SECIモデルから見た「欠けた部分」を埋めることができます。逆にいうと、SECI理論の視点にたって見てみれば、デザイン思考とアート思考の違い、そしてそれぞれの関係性や役割が見えてきます。

SECIモデルとは

ここで改めてSECIモデルについて、この対談および入山先生の「世界標準の経営理論」(Diamond Harvard Business Review 2016年2月号)から簡単に振り返ってみたいと思います。

SECIモデルのエッセンスを一言でいうと、「企業は『形式知と暗黙知のダイナミックな相互作用』から新しい知を創造する」というものです。

入山先生は対談の中で、「世界中のメジャーな経営理論で、『組織が知識を創造するプロセス』を体系的に示した理論はSECIモデルしかない」と述べています。
認知科学に基づいたクリエイティビティに関する理論は他にもあるのですが、いずれも表層的なものであると言います。

対談での野中先生の言葉によれば、「組織的な知識創造のプロセスを説明しようとしたのがSECIモデル」で、「共感をもとに本質を直観し、直観した本質を概念にし、概念を理論にし、理論を実践を通じて知恵に変えていくプロセスを表したモデル」です。
野中先生はそれを、共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination) 内面化(Internalization)の4つのフェーズに分けました。その起点は共感で、個人の知ではなく、集合知の創造モデルになっています。

1.共同化(Socialization)
暗黙知⇒暗黙知。あるものが暗黙知を他者に「共有」させ、伝えること。
2.表出化(Externalization)
暗黙知⇒形式知。メンバーとの対話を通じて伝えられ、議論され、形式知として翻訳されること。
3.連結化(Combination)
形式知⇒形式知。例えばある技法がマニュアル化されたり、体系化されたり、プロトタイプや製品そのものに落とし込まれること。
4.内面化(Internalization)
組織レベルで連結化された知と、そこまでに通ずる一連のプロセスは、行動を通じて組織メンバーに深く浸透し、メンバーの暗黙知を豊かにする。



 
 

SECIモデルから見るデザイン思考

デザイン思考は、顧客への共感・問題定義・創造・プロトタイプ・テストというプロセスを経て、(顧客の)課題解決を図るものです。

これをSECIモデルに当てはめてみると、ちょうど右側の部分、表出化と連結化に当たることがわかります。

顧客への共感から問題定義のプロセスは、課題の「表出化」つまり暗黙知を形式知に変えていく作業です。
そしてメンバー間のブレストなどの様々なデザイン思考の手法(共同作業)を通じて、それを「連結化」する。創造、プロトタイプ、テストの一連のプロセスは、メンバー間、顧客との間を連結するプロセスそのものです。

つまり、デザイン思考は(主に顧客の)暗黙知を形式知に変え、その顧客の要求や要望にあった製品やサービスを創るプロセスということになります。

しかしながら、このSECIモデルの左側、「内面化」「共同化」にあたるプロセスがデザイン思考にはありません。つまりデザイン思考のプロセスで、顧客の要求にあった製品やサービスのプロトタイプやテスト商品を形作ることはできるのですが、それが「内面化」、自分たち自身の血肉となったり、「共同化」で組織のケイパビリティになるプロセスはありません。

このことが、野中先生や入山先生のいう「ブレーンストーミングやデザインマネジメントなどのセミナー、あるいはワークショップから画期的なイノベーションが起こったという話が聞かれない」に繋がるのかなと思います。
これは決して、デザイン思考はダメだとか効果がないという意味ではありません。あくまで、その特性に過ぎません。だからその足りない部分と組み合わせれば、その特性を生かし、大きな効果をあげることができる。
それが、アート思考だと考えます。

「内面化」「共同化」に働くアート思考

アート思考(芸術思考)のプロセスについて、芸術思考学会では「芸術家が作品を生みだすときに大切にしているのが、自分の感情。心の底にある気持ちをカタチにし、人と共鳴することで、新しいモノを生みだしていく」としています。

アートを生み出す・創作を行うためには、自分自身の内面に深く入り込む必要があります。「心の底にある気持ちをカタチに」するのが「内面化」のプロセスです。そして「人と共鳴することで、新しいモノを生みだしていく」というのは、まさに「共同化」のプロセスそのものですね。

上図のように、デザイン思考とアート思考は、お互いが補完しあう関係にあることがわかります。一部のひとが言うように、どちらが優れているとか「デザイン思考の次はアート思考」というものでもありません。

アート思考だけでは、暗黙知から形式知に転換するプロセスは行えませんし、デザイン思考はそのプロセスを担う一方、その形式知を暗黙知化することができないデザイン思考を補完できる位置づけとして、最近になって、アート思考に注目が集まるようになってきたと言えるのではないでしょうか。

野中先生自身、「全員経営」(日本経済新聞出版社)ほか様々な著書の中で、経営におけるアートの重要性について強調されています。
別のインタビュー記事でも、経営はアートであり科学であると述べられています。

ー 暗黙知はアート、そして形式知はサイエンス、と理解してよいのでしょうか。そしてその2つがはっきり分かれているわけではなく、グラデーションになっていると。
「そう、“Art or Science”ではなく、“Art and Science”なんですよね。いま、米国のビジネススクールでは“Management as a Science”と教えていますが、それは少し違っていて、やはりそこも“Art and Science”だと思っています。」
(Oriconニュース 「知識創造には「トップダウン」でも「ボトムアップ」でも不十分」2017年9月26日)