先日打ち合わせの中で、「今一番勢いのある起業家は誰だろう」という話の中で、「それは動画サービスのSHOWROOMを立ちあげた前田裕二さんだろう」という話になりました。

・・・とは言うものの私自身SHOWROOM自体に詳しいわけではなく、課金の仕組みやコミュニティをうまく活用して勢いのある動画サービスという知識しか持っていないので、打ち合わせの帰りに紀伊国屋書店による用事があったので、前田さんの本「人生の勝算」「メモの魔力」を手に取ってみました。

どちらも読みやすい本なのですが、予想以上に内容は濃いです。
まるで私が2年かけて学んだ慶應SDMのデザイン思考をこの2冊で学べてしまう感じ。(と言うのはさすがに大袈裟ですが(笑))

ホスト上がりのような(失礼)外見に似合わず(笑)、デザイン思考を身に着けている人という印象です。(本を読んで初めて知ったのですが、外資系金融機関のニューヨーク支店で成果を上げているほどの人なのですね。)

SHOWROOMは人間中心デザイン

Youtubeやニコニコ動画から最近ではZOOMなど、様々な動画サービスの会社が創業しています。動画サービスの世界も他のインターネットサービスと同じように過当競争で、様々な技術や機能が加わった新たな動画サービスが立ち上がったり消えたりしています。

動画サービスの技術や機能は、多くが「配信者、つまり動画サービスの使用者」に向けたものです。配信者がいかに快適にサービスを使えるか、便利な機能があるか。そういうことに様々な技術が使われてきました。

一方のSHOWROOMは、配信者よりもその動画を見る側に視点を向けたことに特徴があります。Youtubeにしろ、もっと大元の「テレビ」にしろ、見る側、視聴者はもちろん大事なステークホルダーなのですが、その役割は受動的なもの。
いかにその受動的な視聴者を集められるか、に焦点を当てられていたのがいままでのサービスですが、SHOWROOMは、その視聴者をビジネスの積極的なステークホルダーに変えた。そのための機能をサービスに入れることに注力した点が他と異なる点です。

消費者を本当に考えているか

「人間中心デザイン」の考え方は、決して新しいものではありません。また顧客や消費者の気持ちになって考える、というのも古くからある考え方です。
しかし、本当にそれを実施している会社やサービスはどれほどあるでしょうか?
正直に言って、消費者は受動的なもので、企業が「囲い込むものである」という風にしか考えていない企業やサービスがほとんどではないでしょうか?

最近はやりのデータ分析。ポイントカードをばらまいて、購入データを収集したマーケティングというのも、言ってみれば消費者をデータというモノとしてみる傾向に、ますます拍車をかけているように見えます。

一方で消費者を積極的なビジネスのステークホルダーと見做しだしたのは、10年ほど前、コーズマーケティングが流行りだしてからのことです。
コーズマーケティングというのは、環境や持続可能性(サステナビリティ)への関心が高まっている中、消費者も積極的にそれと関わることができるマーケティング手法をいいます。

例えば少し前のヴォルビックの1ℓ⇒10ℓキャンペーン、ミネラルウォーターの売り上げが、アフリカの水不足を救うことに役立つというキャンペーンですが、他にもティッシュペーパーのネピアのアジアに清潔なトイレを設置するキャンペーンなど様々なものがあり、そういう場合消費者は、環境への貢献者として積極的にかかわる形とまりました。

最近のクラウドファンディングの流行もそうしたことに連動していると言えます。

実は、一見そういったこととは無関係に見えるSHOWROOMも、その流れの一環にあるものなのです。

欲求連鎖分析

消費者を「単なるモノやサービスを消費させる対象」ではなく、積極的なビジネスのステークホルダー、あるいはパートナーとしてとらえるためのデザイン思考のツールとして、欲求連鎖分析という手法があります。ステークホルダーの欲求、特に他者と関わりたい、他者貢献をしたい、というマズローの上位欲求を可視化して、ビジネスシステム、エコシステムに組み入れるための手法です。

下図は上で記した、ヴォルビックの欲求連鎖分析図です。
これを見ると、顧客の「アフリカの子供たちにきれいな水を飲ませてあげたい」という利他の心をすくい取って、代わりにヴォルビックがその「システム」を創り上げている仕組みになっていることがわかりますね。

では、続いてSHOWROOMのビジネスモデルを見てみましょう。
人には、「頑張っている人を応援したい」という心があります。またアイドルには疑似恋愛の気持ちも働いて、「好きなアイドルを応援したい」といういわゆる「アイドル市場」が形成されています。SHOWROOMの欲求連鎖分析を書いてみると、下図のようになります。

ここではアイドルを動画配信者としていますが、アイドルの「ファンにアプローチしたい」という欲求と、ファンの「好きなアイドルを応援したい」そしてその裏にある「アイドルに認知されたい」という欲求をうまく組み合わせていることがわかります。

SHOWROOMは、まさに「人間中心デザイン」、デザイン思考の発想でつくられたものという印象です。それをさらに強く感じたのは前田さんのもう一冊の著書「メモの魔力」を読んだ時です。

「メモの魔力」は発想法の本

「メモの魔力」という本が発売されていたことは、少し前から気が付いていましたが、正直それほどタイトルには惹かれませんでした。(笑)

しかし実際に本を読んでみてわかったのは、この本はメモ術の本というより、発想法の本ということです。
前田さんは、メモ帳を3つに分けて、「事実(ファクト)」、「抽象化」「転用」を記すとしています。そうすることで、観察した事実から抽象化されたその後ろにあるものにあるものすなわち「意味」がわかり、それを自分事で具体化することで、「転用」ができる。

これはデザイン思考のプロセスそのものですね。

IDEOのデザイン思考プロセスともほぼ合致しています。

本では触れていませんが、この手法で、前田さんがSHOWROOMというアイデアを生み出したプロセスもわかります。

ファクト
・中国でも動画サービスが人気。配信する美女に視聴者が1500万円の車をプレゼントした話が評判になった。
・前田さんが所属していたDeNAは、最初無料ゲームアプリで人を集め、その後アバターやアイテムの課金で収益化するビジネスモデルである。

抽象化
・車を女性にプレゼントするのは、利他欲求と承認欲求から。
・アバターやアプリゲームで、人はつながりたい欲求(親和欲求)を満たそうとしている。

転用
・動画配信とアイテム課金を組み合わせたビジネスモデル。
・アバターとして参加もできて課金すればするほど、配信者にアピールできる(承認欲求が満たせる)仕組み。

「転用」(アイデアの具体化)ができないのは「抽象化」ができていないから

本で読んだことを自分事として実行する。あるいはヒントを基に新しい製品やサービスを開発する。などといったことに必要なのが「転用」なのは言うまでもありません。
デザイン思考で言うと実際の「アイデア開発」⇒「プロトタイピング」⇒「テスト」というフェーズがこの「転用」に相当します。

ビジネス書とかノウハウ本を読んでもなかなかうまくいかないのは、本に書かれているのは、あくまで著者の実行してきたことという「ファクト」だからです。あるいはいろいろなビジネスモデルもこの「ファクト」にあたります。

「ビジネス書」を読んで、そこに書いてあることをそのまま実行しようとしても、そっくりそのまま同じ環境で同じ内容のことを実行するのでない限り不可能です。
いろいろな事例を知っていたり、勉強している人は多いのですが、それを実際に「転用」できる人が少ないのは、実は「転用」の前に「抽象化」というプロセスが抜けているためです。

システム思考やデザイン思考というのも、いろいろな手法がありますが、これもそのままやって、手法には詳しくなっても、実際のアイデアを思いついたり開発したりできる人が少ないのも同じ理由です。

慶應SDMでは「抽象度の上げ下げ」という表現を多用しますが、具体化と抽象化の間を自由に行ったり来たりコントロールできる訓練をいやというほど叩き込まれます。
具体的なアイデアが生まれる過程は、この抽象度の上げ下げの中で、別の表現を使えば発散と収束の繰り返しの中でだけ、と言っても過言ではありません。
正しく「抽象化」をすることが、「転用」の唯一の秘訣です。

このファクト、抽象化、転用というのは、メソドロジー(方法論)で言い換えることができます。
メソドロジーについてはこちらの記事で解説しています。

また、抽象化から転用を行う具体的なやり方を知りたいという人は、デザイン思考の「バリューグラフ」のやり方でコツをつかめるかと思います。
デザイン思考10のメソッド(手法)

バリューグラフ (石井浩介 飯野謙次. 「価値づくり設計」:養賢堂 2008)