アジャイル開発の手法を、アジャイルマーケティングや他の仕事に適用する自主経営メソッドを、ここでは「アジャイル仕事術」(アジャイルの用語ではアジャイル@Scale)と呼んでいます。アジャイル開発手法の「スクラム」を提唱したジェフ・サザーランドによれば、従来型(ウォーターフォール開発)のやり方に比べ、アジャイル開発では2倍の仕事量を半分の時間、4倍の生産量を上げることができると述べています。
SCRUM The Art of Doing Twice the Work in Half the Time

アジャイル仕事術とはどのようなメソッドなのか。なぜ従来のやり方より大幅に生産性を上げることができるのか、書いていきたいと思いますが、まず先に結論から述べたいと思います。

アジャイル仕事術が生産性を上げることができる理由は次の3つです。

1.ムリ・ムダ・ムラをなくし、生産効率、業務効率を上げることができる。
2.顧客の動向、市場の変化に迅速に対応できるので、需要に合った製品・サービスづくりができる。

つまり効率性によるコスト削減、顧客エンゲージメントによる売上増加の両輪を回すことが期待できるわけですが、サザーランドが(倍ではなく)4倍と言ったのは、上記に加え、
3.フィードバックループによる乗数効果
が働くからだと考えます。

アジャイル仕事術とは

上述のようにアジャイル開発のメソッドをマーケティングやほかのあらゆる仕事に拡張したのが「アジャイル仕事術」です。

アジャイル開発はソフトウェアやシステムの開発手法として広がったものですが、もともとは、トヨタ生産方式(TPS)やホンダや富士ゼロックスの業務手法を野中郁次郎一橋大学名誉教授が「スクラム方式」と名付けたメソッドが基となっています。

したがって、元来はソフトウェアやシステム開発だったわけではないので、アジャイルの手法をほかに転用するのはある意味自然なことです。実際アジャイルの自主経営のやり方に注目したブライアン・ロバートソンは、この手法を組織開発に援用して「ホラクラシー」という自主経営メソッドを創出しています。またオランダの介護組織のビュートゾルフでは野中氏の経営理論をもとにアジャイルとよく似た独自の自主経営手法を編み出しています。

17世紀に始まった産業革命で「会社」「企業」が生まれたのは、個人個人がバラバラで経済活動を行うよりも効率的により良い製品を創造することが可能で、それが「顧客」や「社員」など関わる人(ステークホルダー)みんなの満足を高めることとなったからです。

しかしその組織や組織を取り巻くシステムがあまりに大きく複雑になると、いつのまにか「組織のための組織」「会社のための個人」となり、「顧客や社員よりも組織自身の生き残り」が優先されると、リスクを取ったダイナミックな動きは抑えられ、イノベーションも生まれにくくなりました。

また製品や商品の製造プロセスが大規模なものになると、企画から設計、製造、流通がそれぞれ肥大化し、サイロ化やピラミッド化が進んで、顧客のための仕事だった筈が、社内のためのドキュメント、報告、調整や根回し、出世や権力争いが目的となり、無用に複雑化する中で、ますます組織は機能不全を起こしています。

「アジャイル仕事術」はある意味シンプルに、「誰のための仕事か」「何のための仕事か」を取り戻すことです。それは2001年にアジャイルの実施者が集まって提言した「アジャイルソフトウェア開発宣言」からも明らかだと思います。

アジャイルソフトウェア開発宣言

We are uncovering better ways of developing software by doing it and helping others do it.
Through this work we have come to value:

私たちは、ソフトウェア開発の実践、あるいは実践の手助けをする活動を通じて、よりよい開発方法を見つけだそうとしている。
この活動を通して、私たちは以下の価値に至った。

Individuals and interactions over processes and tools
プロセスやツールよりも個人と対話を、

Working software over comprehensive documentation
包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、

Customer collaboration over contract negotiation
契約交渉よりも顧客との協調を、

Responding to change over following a plan
計画に従うことよりも変化への対応を、

That is, while there is value in the items on the right, we value the items on the left more.
以上を価値とする。すなわち、左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。

従来の仕事とアジャイルな仕事との違い

組織が大きくなると、やがて管理する人とされる人というのが生まれ、組織は階層化していきます。経営者や管理者が作った計画や設計に従って、製造や生産を行うというのが、(水が上から流れて落ちるのに例えて)ウォーターフォール開発方式といいます。
一方で、あらかじめ計画をきっちりと定めるのではなく、現場が顧客や市場とダイレクトに相互作用しながら、製品やサービスを自主経営で形作っていくやり方がアジャイル開発方式です。

ウォーターフォール方式では、例えば市場が変化するなどして、ちょっとした変更を行う際も、いちいち上の承認や了解を得る必要があります。このプロセスには時間もかかりますし、一度作った計画を変更するのは他の部分との整合性とかいろいろ面倒なことも起こりますので、どうしても保守的になります。そうすると変化の速い現在のような時代では、市場や顧客との乖離が起きがちになります。

そして乖離が問題化してから変更するのは、かなりのコストや時間がかかってしまいます。
アジャイル方式は、1週間から1ヶ月という1スプリント(イテレーション)ごとに部分リリースをして顧客や市場の反応を確認しながら業務を進めますので、この乖離が起きにくい、結果手戻りの発生や市場に受け入れられない製品やサービスを出すというリスクを減らすことができます。

ウォーターフォール方式は企画や設計を行うマネジメント部門とそれを実行する現場というピラミッド組織型と、アジャイル組織では現場で顧客と市場の動きを見ながら変更を重ねていきますので、自然と自己組織化し組織はフラットで自律分散型の自主経営の形になります。


 

振り返り(フィードバック)が何より大事なアジャイル仕事術

アジャイル仕事術の肝は、振り返り(フィードバック)です。スプリントやイテレーションの終わりに顧客や市場レビューをしますが、その結果を、製品やサービス計画に反映させていきます。また毎日行う15分のミーティング(朝会・デイリースクラム・デイリースタンドアップ)で、自分やチームの業務、問題点の有無などを共有します。
このような頻繁なフィードバックが、ムリ・ムダ・ムラを可視化することにより、効率化につなげることができ、顧客や市場との乖離も防いでくれます。
 

 
そして、特に、フィードバックの有無は売上などマーケティング分野で顕著に現れます。
下記は、1単位(例えば毎週)ごとのフィードバックが無い(上)、有る(下)をシミュレーションしたものです。当初の値を1、毎週のインプットを0.1とした場合、フィードバックがない場合は1年後の成果は(50週と計算)0.1×50の5単位増えるので、当初の6倍の値となります。
 

 
一方でフィードバックがある場合をシミュレーションすると、1年後にはなんと約120倍もの値となります。
フィードバックの効果がこのシミュレーションからも実感できるかと思います。