NTTドコモは2月22日、2014年に約200億円で買収した料理教室大手ABCクッキングスタジオ(東京・千代田)の全株式を同社の既存株主に売却すると発表しました。同社は、2018年にも食品配達業大手の「らでぃっしゅぼーや」株を手放しています。

おそらくNTTドコモは、ABCクッキングスタジオ、らでぃっしゅぼーや等大手のコンテンツ・プロバイダーと組むことで、「インフラ屋」を脱却して、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のようにプラットフォームを展開しようともくろんでいたのだと思います。GAFAは当初のビジネスモデルであるIT・インターネット業から、ホールフーズのようなリアル店舗を持つスーパーマーケットを買収したり、自動運転車の開発で事実上のリーダーとなるなど、ネットとリアルの垣根を越えた「プラットフォーマー」「覇権の4社」として君臨しているのはご存知の通りです。

GAFAに共通する成功戦略はシステム思考

ドコモは元祖プラットフォーマーだった

国内のモバイル業界の中では依然最大手であるとはいえ、近頃はまったく目立たなくなってしまったNTTドコモですが、以前は、日本の、いや世界のモバイル産業の最先端カンパニーであり、iモードは世界初のモバイル・プラットフォーム・システムでした。

このiモードをシステムとして創ったのが、松永真理氏や夏野剛氏など中途入社組の「外人部隊」であったのはよく知られています。
NTTドコモは大星公二社長、法人営業部長の榎啓一氏の判断で、それまで電電公社以来の伝統であった自前主義を捨て、オープンプラットフォームで開発を進めます。

携帯電話のブラウザ規格には、ベンチャー企業のアクセスが開発したC(コンパクト)-HTMLを採用し、だれでも容易にアプリケーション(アプリ)が開発できる環境を整えたうえで、開発環境を公開し、課金システムを備えたプラットフォームシステムであるiモードは爆発的なヒットとなりました。

画期的だったのは、それまでのビジネスの常識だった、コンテンツの買取は行わない、という戦略でした。このときコンサルタントとしてiモードの戦略策定に関わっていたのが、マッキンゼーの南場智子氏(現DeNA会長)のチームで、マッキンゼー側は、コンテンツは「開発業者からの買取り」を提言していましたが、松永氏、夏野氏は、ドコモはプラットフォームとなり、その上でコンテンツ・プロバイダーが展開する形にこだわりました。

「どうすればいいコンテンツを集められるかが問題でした。僕(夏野)は『複雑系』の理論がかなり好きで、コンテンツ・プロバイダーが最適な役割を果たすことで、iモードが最適なインフラになるだろうと思っていました。カギは、彼らがいいコンテンツを提供したくなるプラットフォームをいかに整備するかです」(「ネット起業!あのバカにやらせてみよう」岡本伸也著 文藝春秋)

iモードは大ヒットし、NTTドコモ自身の躍進ばかりでなく「iモード生態系」の出現で、サイバード、グリーやモバゲーを有するDeNAなど、日本のモバイル産業は世界をリードすると言われるようになりました。しかしそうした中、元公社の役所体質は合わなかったのか、それまで「外人部隊」を上や外部からの圧力から守ってきた榎氏が異動になると、松永氏、夏野氏共にNTTドコモを去りました。

モバイルに革命を起こしたNTTドコモでしたが、次の革命者であるスティーブ・ジョブズ率いるAppleのiPhoneに始まる「スマートフォン」の波に乗り遅れてしまい、iPhoneに“便乗”したソフトバンクなどにシェアを奪われてしまっているのはご存知の通りです。

複雑系を理解できなかったドコモの「プラットフォーム戦略」

松永氏らが去った後でも、もちろんNTTドコモ自身は、「保守的」になったというわけではなく、様々なチャレンジを繰り返していたのだと思います。
事業の多角化を図り、上記のようなコンテンツ・プロバイダー「らでぃっしゅぼーや」や「ABCクッキング」などを買収、出資したのと並行して、ローソンやファミリーマートなどのコンビニ流通事業への出資、タワーレコードやエイベックスなど、モバイルと相性の良い音楽コンテンツ産業への出資など、多くの手を打っています。

しかしながら、らでぃっしゅぼーややオークローンマーケティングなどの通販業者への買収や出資は通販サイト「dショッピング」の拡大をにらんでのことと思いますが、アマゾンや楽天、Yahooショッピングなど国内様々なEコマースサービスがひしめいている中で、ドコモはほとんど存在感を示せていません。

夏野氏はABCクッキング買収時に既に「戦略不明」というコメントを出していました。

iモードを立ち上げた松永氏や夏野氏の戦略と、現在のドコモの戦略、どちらも携帯電話の顧客、通信インフラ基盤をもとに、多様なビジネスを仕掛ける戦略という名目は同じでしたが、根本的に異なるのは、「複雑系」「創発」に関する考え方です。

iモードは、夏野氏の言葉にあるように、「複雑系」に基づいていました。実はNTTグループのようなインフラ・エンジニア文化の会社で、このような「複雑系」「創発」のビジネスを行うことは、画期的というより、「ありえない」ことだったのです。

システム・エンジニア、特にインフラ・エンジニアは「複雑系」「創発」とは水と油のような関係です。いかに複雑性を減らすか、創発が起きないようにするか、これがインフラ・エンジニアの常に考えていることです。

例えば震災など災害という外部からの「ゆらぎ」に対し、いかに堅牢(ロバスト)な仕組みをつくるか、外部ハッカーなどの侵入から、顧客情報をいかにして守るのか。細心にも細心を重ねる必要があります。
彼らは世の中の複雑性を、Complicated System(複雑なシステム)と捉え、いかに複雑性を軽減させるかを命題としています。そうなるとビジネスに関しても同様で、複雑なもの、リスクを軽減させようと本能的に動きます。

例えば、ドコモとほかの会社(しかも異なった形態)が協業しようとすれば、複雑性は増し、どのような結果が生まれるか予想は難しい。
そこで、ドコモが採った戦略が、出資や買収をしてドコモ傘下に収める。そうすれば複雑性は減る。

しかし「自然経営研究会」の場でもよく議論されているように、コミュニケーションのレイヤーで垣根をつくって、リスク、複雑性(Complicatedな状態)を抑えようとすると、Complexityも抑えられて、結果「創発」や「自己組織化」は起きないので、ビジネスも活性化しない。
今ドコモに起きているのは、「この先、会社がつぶれるようなことは考えられないけど、いまいちパッとしない。」そんな状態です。

GAFAの仕組みを観察すればわかるように、、プラットフォーム・ビジネスは、堅牢なシステム(つまり「場」)の上に、複雑系(Complex System)の仕組みが乗っている形です。
FacebookやGoogleのトラフィックにしろ、AmazonやAppleの取引にしろ、彼ら自身が制御できるわけではなく、「創発」「自己組織化」が働いています。

当然リスクと隣り合わせであり、時には彼ら自身も制御できない「モンスター」となって競合のリアル店舗をつぶしてしまう。Facebook上の「フェイク・ニュース」が大統領選挙を左右したり、あるいは中国が危惧しているように国家の基盤さえ揺るがしかねない「社会問題」を引き起こす危険性も指摘されているわけです。

ドコモにおいても、夏野氏らが活躍していたころのように、Complex SystemとComplicated Systemが共存できるような企業に戻れれば、プラットフォーマーとして再び飛躍することもあるかもしれませんが、おそらくあの時のような「外人部隊」が活躍できるような環境ではない(おそらく「奇跡」のような環境だったと思います。)でしょうから、今後ドコモがかつてのような輝きを見せることは、相当困難だろうと思います。