ハーバード・ビジネス・レビューの9月号に、ノザイナの太刀川英輔さんが「生命の進化のように発想する『進化思考』」という論文を投稿されています。

太刀川さんは、「近年、発想法の一つとしてデザイン思考が注目されている。(デザイン思考は)アイデアを発散的に出すにはよい方法であるが、実はスクリーニング機能が弱いために、最終的に実現可能なアイデアがどれぐらい残るかは疑問である。」と述べています。

ここで、太刀川さんの論文の考察に入る前に、デザイン思考について軽く紹介したいと思います。
デザイン思考を定義すると、「デザイナーの思考プロセスで課題解決を行う手法」となります。先が見えない混沌としたこの時代に0から1を生むデザインの思考法、手法はプロダクトデザインだけでなく、組織デザインや経営デザインの観点からも大いに注目されました。

2018年5月には経済産業省、特許庁において「デザイン経営宣言」が出されています。
「デザイン企業宣言」によれば、デザインへの投資は4倍の利益(リターン)となり、デザインに積極的に取り組んでいる企業の成長は平均よりも2倍以上というデータがあるとのことです。

ご存知の方も多いと思いますが、この「デザイン思考」という言葉は、シリコンバレーに拠点を置くデザインファームのIDEOが使用して有名になりました。IDEOはスタンフォード大学にデザイン思考の講座(d-School)も持つなど、「デザイン思考」の普及にも努めています。

下図が、IDEOがまとめたデザイン思考のプロセスです。
共感、定義、アイデア化、プロトタイピング、テストの5つのプロセスから成り立っているのがデザイン思考のプロセスで代表的なものです。

それぞれのプロセスについて、様々な手法やフレームワークがあります。
例えば、ヨーロッパのデザイン思考の中心地ともいえるデルフト工科大学(オランダ)で教えられている手法をまとめた「デザイン思考の教科書」には約70種類の手法が紹介されています。

このようにデザイン思考という言葉はすっかり広まり、企業によるデザイン思考の研修やセミナーなども各地で開かれています。私自身が学んだ慶應義塾大学大学院SDM研究科をはじめ、多くの大学(最近は高校などでも)でデザイン思考の授業も盛んにおこなわれています。

では実際の効果はどうなのでしょうか?
ハーバード・ビジネス・レビューの「進化思考」の中で、太刀川さんは、「デザインから思考プロセスを学ぶというデザイン思考の基本的な視座は、一人のデザイナーとして深く共感する。」とデザイン思考を評価しています。しかし「現在のメソッドには、デザイナーとしてもデザイン研究者としても、本質的に欠けている点が数多く見受けられ、未完成品のように思える。」とも記しています。「高いコンサルティングフィーを払ってデザイン思考の手法を使っても質の高いアイデアが出ず、製品化につながらなかったという経験をした方も多いのではないだろうか。実際のところ、デザイン思考のワークショップから素晴らしいデザインができたという話を私もあまり聞いたことがない。」との主張に私も(少なくとも半分以上は)同意するところです。

その理由として、「デザイン思考はアイデアを発散的に出すことはできるものの、スクリーニングが弱く結果として最後まで生き残りうる優れたアイデアが生まれないのだろうと考察している。」としています。

もちろんデザイン思考の手法は、「ブレインストーミング(ブレスト)」のような「発散手法」だけではなく、「KJ法」「親和図法」あるいは「強制連想法」のようないわゆる「収束手法」もあります。発散と収束を繰り返していくのが、例えば慶應SDMなどでも行われている「イノベーティブ・ワークショップ」の手法です。

デザイン思考プロセスのサイクルを繰り返すことで、プロトタイプのプロセスで多くのアイデアが提出され、テストを繰り返していく中で多くのアイデアが淘汰されます。
そういう意味では、現在の「デザイン思考」も進化論的な考え方はビルトインされているといえなくもない。ただ「進化思考」にもあるように、どのようなアイデアを残していくのか。そして「デザイン思考」で生まれたアイデアを実際の組織の中で、どのように実行するのか、ビジネスモデルとするのか。この部分の弱さが「デザイン思考で生まれたアイデアが製品化につながらない」原因の一つと考えられます。

近代以降の組織、特に日本の組織は、異質なものを受け入れない傾向にあります。同調圧力という言い方がされる場合もありますが、生命が、体に合わない異質なものを排出してしまうメカニズムと同じように「イノベーティブなアイデア」、特にそれが「破壊的イノベーション」に属するものはまず受け入れません。
どのような組織であれ、自らを破壊するようなプロセスには抵抗し防御する。それが組織の本能だからです。
今までの「デザイン思考」は、組織のことを考えていないために、組織の「自律的プロセス(自己組織化プロセス)」が、「プロダクトデザイン」で生まれた新たなイノベーションの芽を排除してしまいます。

よく日本企業特有の「稟議制度」が批判されますが、仮にそれを改めて他の制度を導入しても、組織の「自己組織性」そして生命の「自己保存本能」を考慮しないでどのような制度に変えたところで、結果は変わらないでしょう。

つまり、イノベーションが実際に起こるためにはイノベーティブなアイデアを生むためのプロセス(いわゆるデザイン思考のプロセス)だけでなく、「組織デザイン」のプロセスが必要だということです。(ここでいう「組織」は、社内組織だけでなく、いわゆるステークホルダーも含めたビジネスプロセス全般を含む「組織」を指します。)

これからのデザイン思考には「プロダクトデザイン」だけでなく、「組織デザイン」をセットに考える必要があると思います。

「組織デザイン」でキーになるのは、組織の創発、自己組織化です。
デザイン思考を「プロダクトデザインの『創発』を起こすためのプロセス」とすると、それに対応する組織でも「創発、自己組織化」が起こらないといけないからです。(正確に言うと組織の「創発・自己組織化」プロセスが、プロダクトデザインの創発・自己組織化と連携連動する必要がある。)

組織デザインの手法としては、オープンスペーステクノロジー(OST)、ワールドカフェなどのホールシステムアプローチのワークショップがありますが、これらの手法をデザイン思考アプローチと組み合わせることで、プロダクト、組織双方の創発・自己組織化を図り「イノベーション」を進化させることが可能になると考えます。
下記の図の上部は、ホールシステムアプローチの中でも代表的な、アプリシエイティブ・インクワイアリ(AI)の4-Dプロセスと呼ばれるものです。発見(Discover)、理想(Dream)、デザイン(Design)、実行(Destiny)を下半分のIDEOのプロダクトデザインの図と併せることで、両方のプロセスを同時に進めることが可能になります。
アプリシエイティブ・インクワイアリをはじめとするホールシステムアプローチは、「自己組織化」のプロセスがビルトインされています。これはIDEOのプロダクトデザイン手法で「足りない」部分にあたるでしょう。

このようなAIと(プロダクトの)デザイン思考の組み合わせはひとつの例ですが、実際にイノベーティブな製品を世に送り出す。そのためには「破壊的イノベーション(=組織の進化)」を組織の視点からも考えるアプローチが必要があると考えています。

組織デザイン、経営デザインのためのデザイン思考