「思想は現実化する(「Think and Grow Rich」)」の著者で、成功哲学の祖として日本でも知られるナポレオン・ヒル(本名:オリバー・ナポレオン・ヒル)は、1883年バージニア州で生まれました。
1900年に高校を卒業した後、弁護士を目指してバージニア州に移り法律学校に入学しますが、その後、1907年にアラバマ州で、Acree-Hill Lumber Companyという木材会社を共同で設立します。
しかし事業はうまく行かず、事業を立ち上げて1年後の2008年の暮れには経営破綻します。
そして彼は1909年5月に、ワシントンDCに移り、「ワシントン自動車学校」を立ち上げます。
当時は、自動車産業の黎明期でたくさんの自動車会社が設立されました。ちょうど2000年前後のITバブルのような状況です。
そういう中で、ナポレオン・ヒルは、その新興産業に必要な人材の養成学校を立ち上げました。
ITバブル時代にたとえれば、コンピュータ専門学校をたちあげたような感じでしょう。
しかし提携していた自動車会社の倒産の煽りを受け、彼の自動車学校も2012年末につぶれました。

自動車学校に見切りをつけた彼は、ウェストバージニア州、さらにはシカゴと移って事業を立ち上げますが、なかなかうまく行きません。
シカゴでは大学の職員になったり、キャンディ・ショップを立ち上げて生計を立てていたようです。

1915年、ナポレオン・ヒルはシカゴで「ジョージワシントン研究所」を立ち上げます。この学校は成功法則や自己実現について教える学校
として設立されました。

いろいろなビジネスを立ち上げてきたナポレオン・ヒルが1915年になって「自己実現」の学校を立ち上げたところに、私はナポレオン・ヒルに起業家としての才能というか、目のつけどころの良さを感じます。

自動車産業が立ち上がった20世紀初頭、全米で設立された自動車会社は、100を超えたといいます。まさにゴールドラッシュの到来でし
しかしながら一攫千金を夢見た起業家たちの多くは潰れ、生き残ったのはビッグ・スリー(GM、フォード、クライスラー)だけでした。

19世紀半ばのゴールドラッシュのときも、金を掘り当てて一攫千金を狙った人たちの多くは、現実には金鉱を探し当てることができず、望む未来をつかむことができませんでした。
そういう中、着実にビジネスを成功させたのは、そのゴールドラッシュに群がる人たちに対して、ピッケルなどの工具を売った人たちでした。
そういう成功者の中で、最も有名な人は、リーバイ・ストラウスでしょう。彼はまずテントや荷馬車の幌を作るためのキャンバス帆布を、鉱山労働者に販売し、ついで、その丈夫な帆布を使って、過酷な環境でも破れない丈夫なズボン、ブルージーンズを初めて販売しました。
ゴールドラッシュが去った後も、リーバイスのジーンズは世界中で発売され、今なお若者を中心に強い支持を得ているのはご存知のとおりです。

自動車ブームの中、自動車学校を立ちあげた、ナポレオン・ヒルは、リーバイスと同じ戦略をとっていると言って良いでしょう。(悪く言えばコバンザメ商法ですが)

1915年に自己実現のためのスクールを立ち上げる3年前の1912年、ニューソート(異端のキリスト教宗派)思想の伝道師チャールズ・ハーネルが「ザ・マスターキー」を出版しヒットします。
「イメージしたことはすべて実現する」「引き寄せの法則」というニューソートの教義は、産業革命の真っ只中の20世紀初頭、起業家や虐げられた労働者の間にも広がっていました。
ナポレオン・ヒルは自動車学校と同じようにそのブームに乗りました。1919年に、ナポレオン・ヒルは、チャールズ・ハーネルに手紙を書き、その中で「私の今の成功は「ザ・マスターキー」のおかげです」と述べています。

しかし実際には、事業はあまりうまく行かなかったようで、1918年6月には、1200ドルしかない学校の資産の株式を10万ドルで売ろうとして、証券法違反で逮捕されています。
目のつけどころは悪くないものの、経営者としてはうまくいかないタイプだったのかもしれません。

「思想は現実化する」の著者紹介では、1908年、駆け出しの雑誌記者時代に、アンドリュー・カーネギーと出会う。カーネギーの要請で万人が活用できる成功の秘訣の体系化に着手。とありますが、カーネギーを研究しているデビッド・ナソーによれば、2人が知り合いであったことを示す資料や証拠は一切ないと言っています。
1908年といえばまだ彼は木材会社の経営に奔走していた時代で、そういう余裕はなさそうに見えます。

ただ「ないものをないと証明する」のは「悪魔の証明」で非常に難しいことです。

ソフトバンクの孫正義社長は、まだ起業前に日本マクドナルド創業者の藤田田氏に会いに行き、「これからビジネスをやるなら、コンピュータだ」と言われたそうですが、同じようにカーネギーが押しかけてきた若い青年に会って「これから学校ビジネスが必要になると思う」という話なら、ありえなくはないかもしれません。