世界一のEコマースサイトであるアマゾン・ドット・コムは、インターネットの黎明期である1995年サービスを開始しました。
1995年~2000年の間は、いわゆるIT革命、あるいはネットバブルの時代と呼ばれ、EC(電子商取引)市場には、多くの企業が参入しました。
書籍市場でも数百店舗のチェーン展開をしていた全米1,2位のバーンズ&ノーブル、ボーダーズもECを手がけましたが、市場を制したのは、まったくの新参者であるアマゾンでした。

下図は、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスが、創業前にファミレスで仲間とミーティングをしていたときに、テーブルの紙ナプキンに書いたループ図です。

アマゾン戦略1

シンプルな因果ループ図ですが、ベソスがシステム思考に基づいた戦略を持って、このビジネスを立ち上げたことがよくわかります。

バーンズ&ノーブルやボーダーズといった書籍市場のガリバーたちは、Eコマースはあくまでも既存店舗の補助的な位置づけでした。
店舗の仕組みをほぼそのままインターネットに挙げたに過ぎません。
それでも、知名度(ブランド力)、信用力、そして出版社や卸との関係、書籍の在庫など数十年にわたって築いてきたビジネスネットワーク等、EC市場でも強力なアドバンテージがありました。
かたや、当時30歳の何も経験のない若者がたった数人で始めたビジネス。
サイト名も当初は、Cadabra.comという名前(アブラカタブラから命名)でしたが、cadaver(死体)と間違えられ、慌ててサイト名を変えたという迷走エピソードもあるほど。

しかし、ベソスには、紙ナプキンにサラサラと成長フィードバックループを書いてみせたように、システム思考で物事を考える能力がありました。
低価格戦略に基づく顧客体験。これがこのビジネスモデルの肝です。
それがトラフィックを呼び込み、販売量が増えれば、売り手はますますディスカウントをしやすくなる。それがまた新たな顧客を生み、トラフィックがまた増加する。
今ではあたりまえの戦略となりましたが、1990年代初頭に、Eコマースのこの本質に気づき戦略を建てたのがジェフ・ベゾスであり、その後のECの戦略は、すべてこのナプキンの図から生まれたと言っても過言ではないでしょう。

ベゾスのビジネスモデルを真似たサイトがたくさん出現した90年代末~2000年代初頭のネットバブル時には、アマゾンは続く手を次々と売っています。
ロングテール戦略、ワンクリック、レコメンデーション(お勧め)機能。
おそらく、上記の言葉をあなたもご存知だったと思いますが、ジェフ・ベゾスのつくった紙ナプキンの図を見れば、「顧客体験をよりよいものにして、トラフィックを上げる戦略」であったことがわかるのではないでしょうか。
ベゾスがもしナプキンにこの戦略も書いていたら、というのを勝手ながら加えさせてもらいますと、下図のようになるでしょう。
アマゾン戦略2

電子書籍市場を制した理由もシステム思考の有無が左右

電子書籍市場も各社から様々な端末やソフトがあるものの、その勝者はKindleと言ってもいいと思います。
しかし10年前、本命と言われたのは、アマゾンではありませんでした。

電子書籍のソフトや端末は、90年代から発売されていましたが、それ自体高価であったり、読んでいて目が疲れる、コンテンツが少ないなどの理由で、あまり普及しませんでした。
それを変えたのが、2006年に発売されたソニーの「リーダー」です。
リーダーは、350ドルで売られ、それまでの商品より2割は安く、明るい画面、長いバッテリ容量、多くの容量を備えていました。
ユーザーは、リーダーと同時に立ち上げられたオンライン書店「コネクトドットコム」で1万タイトルの電子書籍を選ぶことができました。
一方アマゾンは翌2007年にKindleで、電子書籍市場に参入します。
しかしKindleは、製品としてはソニーに劣るとされました。Kindleはリーダーよりも大きく、重く、画質も劣っていました。
さらに電子書籍はアマゾンのサイトからしかダウンロードができないという閉鎖的なシステムで、他のサイトで購入したり、友人と共有したり、プリンタで印刷したりすることができませんでした。
電子端末としての魅力は明らかにソニーのほうが圧倒的に優れていたのです。

しかし現在では、圧倒的にKindleのシェアが勝っています。

その理由も、ベゾスの「システム思考」戦略にあります。

電子書籍市場参入にあたって、ベゾスは「顧客体験の優先」を修正しています。
ここで重視したのは、Sellers(この場合『出版社』)でした。
ベゾスはシステム思考から、このビジネスのキーは、Sellersつまり出版社の協力にかかっているとわかっていました。
出版社に協力してもらい、販売タイトルを増やすこと。ここに成功の鍵があると考えたのです。

もちろん競合他社であるソニーもそのことは当然ながら知っていました。
市場が大きくなれば、どの出版社も電子書籍市場に参入するでしょう。だからソニーが重視したのは、魅了的な端末を販売し、顧客体験の増加を通じてトラフィックを増やす。そうすれば参入する出版社も増え、それがまた端末の増加につながる。
実際ソニーはCDやDVDではその戦略が成功していますので、もしかするとソニーが電子書籍市場でもTOPを取れた可能性があります。

しかしアマゾンは、出版社は他の業界よりももっと保守的であることを知っていました。
上記のようにKindleはリーダーと比べ端末としての魅力は、他より劣っていました。上記のようにKindleは閉鎖的で独自の規格であったため、電子書籍を印刷したり、別の端末で読むこと、他のユーザーと共有することができませんでした。これは顧客にとってマイナスですが、出版社のリスクを減らすためは重要な事だったのです。

そして、低価格で販売(当初は一冊10ドル以下)したにもかかわらず、出版社へのマージンは、紙とほぼ同等にしました。

したがって、アマゾンはいくら電子書籍を売っても利益が出なかったのですが、何よりも出版社に協力してもらうことを最優先としたのです。
しかし、これには裏があって、アマゾンの電子端末は当初399ドルで売られていましたが、原価は200ドルくらいであったと言われています。つまり総合的に利益を得るようにでき、何より、出版社の協力もあって、販売タイトルは圧倒的にリーダーを追い抜き、そうなると顧客もKindleを購入するようになって、2010年にはシェア80%を締めるようになったのです。

先程のように、ベゾスのシステム思考図を少しいじって、電子書籍の因果ループ図をかいてみましょう。

アマゾン戦略3

この図で、このビジネスの一番キーは、CDやDVDの成功体験でもあり、さらには、アマゾンの本来の強みであった「顧客体験重視主義」から抜け出せなかったソニーと、Seller(出版社)であることに気づいて、最優先の手を打ち、いっとき顧客体験を犠牲にしたように見えても、最終的には豊富で魅力的な書籍タイトルを揃えることが、最終的には顧客満足になることを理解できたアマゾンの差が、このビジネスを制することができた鍵であることがおわかりかと思います。

その差は、ほんの些細なこと、紙ナプキンに因果ループ図を書けるかどうか、システム思考を身につけているかどうかという差にすぎないこと。
これが、ベゾスの個人資産700億ドル(!)の価値を産んだと言っても間違いではないと思います。

※参考文図書 ワイドレンズ ロン・アドナー著 清水勝彦監訳 東洋経済新報社 

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