システム思考の歴史 (1)還元思考の限界

一般システム理論 – 広義のシステム思考 –

新しい思考法は、物理学ではなく生物学から生まれました。
20世初頭、生物学は機械論と生気論論争の最中にありました。機械論というのは、人間の心臓の機能は何か、脳の機能は何かというように身体を機械のように説明すること。つまり生物体は細胞の集合体であり、細胞はコロイドと有機分子の集合体であり、行動は無条件反射と条件反射の総動である、などです。
しかしこれだけでは何故生命体が組織として維持されるのか、個体や種族の維持のため何故各種の調整機能があるのか、といった疑問に答えることができません。
こういう疑問は無視されるか、さもなくば生気論として知られた理論によれば、霊魂に類する因子~いたずら子鬼のような~が細胞や生命体の中にうろちょろしているのでなければ説明できませんでした。早い話が機械化論では、生命体がばらばらにならず、秩序を保ち、自己複製化する(つまりエントロピーが増大しない)説明ができなかったのです。
霊魂の存在を前提とすることは科学としてできません。しかし機械論で生命の仕組みは説明できても、どうして存在しているのか(できるのか)という根本の疑問に答えることができない。
物理学、還元思考の限界がここで露呈しました。

1937年、理論生物学者のルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィは、有機体論を発表します。ベルタンフィは、細胞や心臓や脳といった生物を構成する要素と外部環境との相互作用に注目しました。生命をシステム(要素と要素間の相互作用)の観点から見ることにより、細胞などの各要素が生命体全体を維持するための説明できるとしました。(開放システムと定常状態の理論で数学的に説明できる)
ベルタンフィは、1945年の論文「一般システム理論に向かって」で初めて「一般システム理論」という言葉を使用しました。
ベルタランフィの「世界や自然をシステムとして考える」思考法は、生物学だけでなく、多くの学者から注目を集めることになります。

この時代、還元主義の弊害は学問の世界でも明らかになっていました。
物理学の世界同様、学問も専門性が深まるに連れ、どんどんと細かくなります。
物理学者でも◯◯物理学、△△物理学と領域が細かくなり、そうなると、同じ学者同士でも、専門外のことはわからないという結果になる。
一方で、社会の問題点や課題点は時代とともにどんどん複雑になる。例えば「社会的格差」「環境汚染」「核兵器の問題」は、どの学問が役立つのか。もはやひとつの細かい専門分野だけで、解決できない問題が世界を覆うようになりました。

米ソが水爆実験を始めた1954年、ベルタランフィは、アナトール・ラポポート(数理心理学者)、ケネス・ホールディング(経済学者)らと一般システム理論協会を発足させます。
一般システム理論とは、生命の身体、電子回路やコンピュータなどの人工物、社会集団などミクロなものからマクロまで様々な現象をシステムととらえ、これら多様なシステムに適用可能な一般理論を適用しようとするものでした。

こうしてこれまでの還元主義、論理思考の行き詰まりを、システム思考で打破する道筋の模索が始まりました。

サイバネティクス

一般システム理論は、生物学からシステム理論への流れから生まれましたが、同時期にそれと呼応したかのような別の流れもありました。

第二次世界大戦は、真珠湾攻撃が明らかにしたように、航空機(戦闘機)による戦争でした。
またドイツのV2ロケットによるロンドン攻撃もイギリスに大きな被害を及ぼします。
これらの兵器に対抗するのが高射砲ですが、この兵器で素早い敵機の動きに砲手が目で見て撃ち落とすことは、現実には非常に困難なことでした。
敵機を撃ち落とすためには、的になる航空機の動きを予測し、高射砲の弾道と敵機の動きを一致させ、発射するタイミングと角度を一瞬で決めなければいけません。この作業を自動で行う制御装置の開発が急務となりました。

1940年マサチューセッツ工科大学(MIT)の数学者ノーバート・ウィーナーは、アメリカ国防研究委員会(NDRC)主導の研究に加わることが正式に決定し、対空高射砲の射撃制御(自動追随)装置開発を始めました。その研究課題について友人の神経生理学者アルトゥーロ・ローゼンブリュートに話をしたことから、フィードバック制御という人体の働きとの共通点に気づき、共同で研究を行うことになります。

レーダーという目が敵機を負い、自動計算機が計算して砲撃のタイミングを図る。しかし、それを一回計算して、予想位置を特定しただけでは不十分です。
なぜなら敵機の動きは刻々と変わります。発射後に突風が吹いて弾の方向がずれたりもするでしょう。
したがって弾を発射した後も、レーダーで敵機と弾の位置を捉え続け、その情報を高射砲システムに戻して、砲はそれに合わせ角度を修正し続ける必要があります。

この仕組みをフィードバック制御と呼びますが、これは人が目標のものをつかむ手と目、そして脳の動きと同じものです。
私たちが、目の前のもの、例えば水の入ったコップを正しくつかめるのは、目で位置を確認し、それを手の筋肉に伝えて、手を伸ばす角度を微妙に修正しつつ、対象の距離まで手を伸ばしたことを(目で)確認した後、指の筋肉を動かしてコップをつかむ、という一連の動きをできるからです。
もし手を伸ばす途中で目を閉じてしまうと、フィードバック制御がうまく働かないため、コップを倒してしまったりするでしょう。
ウィーナーの考えたフィードバック制御は、1942年に開発されたサーボ機構で実現し、大戦中の対空砲システムや戦後の北米防衛システムの中核技術となります。

1948年、ウィーナーは制御工学と通信工学を融合し生命の仕組みを模したこの分野を、ギリシャ語で操舵手を表すキベルネクスから、サイバネティクスと名付け発表しました。

余談ですが、人間と機械のハイブリッドであるサイボーグ(cyborg)とは、サイバネティクス・オーガニゼーション(Cybernetics Organization)の略語です。また、現在インターネット空間を表すサイバー・スペース(Cyber-Space=電脳空間)という言葉は、このサイバネティクスという言葉を元に、SF作家のウィリアム・ギブソンが創った造語です。

生命をシステムとしてとらえることから始まったのが一般システム理論であり、生命を模してシステムを考えたのがサイバネティクス。どちらも科学が行き着くところまで行き着いた第二次世界大戦中に生まれ、発達したのは時代の必要性があったからといえます。

ベルタランフィは、著書「一般システム理論」の中で、サイバネティクスは閉鎖系システムでフィードバック制御を扱うもの、つまり一般システム理論の一分野であると定義していますが、経済学者の飯尾要によれば、「一般システム理論」「サイバネティクス」両者の違いはほとんどなく、「システム」「情報」「制御」を3つの柱ものごとを捉えてゆくアプローチが「システム思考」であり、その核になる理論が「一般システム理論」あるいは「サイバネティクス」といわれるものである、としています。

システムダイナミクス

フィードバック制御を取り入れて第二次世界大戦で活躍したサーボ機構、そして戦後の北米防衛システムSAGE(Semi-Automatic Ground Environment)の開発責任者が、ウィーナーと同じMITのジェイ・フォレスターです。SAGEの開発に目処がついた1956年、フォレスターは工学や軍事の分野から離れて、同じMITのスローン経営大学院に移り、経営や社会システムにこのフィードバック制御の原理を応用します。
この手法が「システムダイナミクス」と呼ばれ、フォレスターはその生みの親と呼ばれるようになりました。
フォレスターのシステムダイナミクスは、サイバネティクスの考え方を応用したものですが、その対象は経営だけでなく都市問題、さらには地球全体の課題解決にも向いました。
中でも1972年ローマクラブが提唱した「成長の限界」のシミュレーションモデルでは、これ以上無制御な経済成長は、資源の枯渇や環境破壊など、地球に深刻なダメージを与えることを明らかにしました。
その翌年に起こったオイルショックはこのローマクラブの予言が当たったとされ、この「成長の限界」レポート、そしてそのため、フォレスターのチームが作成したシミュレーションモデル『World3』は、世界から注目を集めることになりました。

システムダイナミクスからシステム思考(狭義)へ

システムダイナミクスは、システム内でつながり合う要素同士の関係を、ストック・フロー・変数・それらをつなぐ矢印の4種類で表しますが、その分析(定量分析)には微積分の知識や専用のコンピュータソフトの助けが必要で、またこの仕組みを知らないクライアントに説明をするのも簡単とは言えません。
そこで、このモデルの要素である変数のつながり、フィードバック関係を直感的にわかりやすく説明するツールとして、1970年頃より「因果ループ図」が提案されました。
因果ループ図は、要素間の因果関係をグラフとして表し、その構造を利用して振舞の特徴把握や定性的な分析を行う考え方であり、主に経営・経済問題の分析など定量的な把握が困難なものに関して用例が見られるようになります。

このシステムダイナミクス定性モデルをポピュラーにしたのが、ピーター・センゲの「The Fifth Discipline(邦題:学習する組織)」です。この本は因果ループによるシステム思考をコアにしながら、ビジネスの組織と人間の行動、学習する組織について論じました。同書を契機にこの因果ループ図を活用したシステムダイナミクスの定性モデリング手法は、システム思考として広く利用されるようになりました。

現在「システム思考」という言葉を使う際、飯尾が定義した、世の中をシステムとして捉え「システム」「情報」「制御」を柱として課題解決を図るための思考法全体を指す場合と、センゲのシステムダイナミクスの定性分析手法としての「システム思考」の二種類があります。
慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科では、前者を「広義のシステム思考」、後者を「狭義のシステム思考」と区別して使用しています。