私がシステムと「夢」の関係について考え始めたのは、もう20年も前のことです。

きっかけになったのは2冊の本。
一冊は村上春樹氏の「ダンス・ダンス・ダンス」という小説。
もう一冊は、渋沢和樹氏の「バーチャル・ドリーム」という小説です。

村上春樹は有名な小説家なので、いまさら解説はいらないかもしれませんが、この話をシステム思考という面から述べれば、『社会システムの中で、自分の居場所を見つける話』となるかと思います。

システムは、その「構成要素」とその「要素のふるまい」、「要素の繋がり」で表すことができますが、「ダンス・ダンス・ダンス」では社会はシステムであることのメタファーがたくさん出てきます。
例えば「配電盤」これは社会システムそのものを表していますし、「踊ルンダヨ」は、「ふるまい」。また主人公が自分の仕事を表す「雪かき仕事」もいかにもシステムの一員(要素)であることを表現しています。

「羊をめぐる冒険」の奇妙な体験で社会システムからはじかれてしまった「僕」が、天才的なまでの感受性の豊かさゆえ「社会システム」にはうまく適合できない美少女の「ユキ」、そして少年時代から誰からも好かれる優等生として「社会システム」にうまく(しかも優雅に)適応し、人気俳優となって「社会的成功」を収めたものの、その無理から精神を病んでいく同級生「五反田君」との出会いと別れを通じて社会に戻る。
最後はユミヨシさんとつながることによって、社会システムの一員としての、自分の幸せを取り戻すまでを描いたものです。

途中こんな表現があります。
『それが高度資本主義社会というものだ。1969年にはまだ世界は単純だった。機動隊員に石を投げるというだけのことで、ある場合には人は自己表明を果たすことができた。それなりに良い時代だった。ソフィストケートされた哲学のもとで、いったい誰が警官に石を投げられるだろう。それが現在なのだ。
隅から隅まで網が張られている。石を投げればワープして自分のところに戻ってくる。本当にそうなのだ。』
「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹 講談社

もうひとつの渋沢和樹の「バーチャル・ドリーム」は、コンピュータゲーム開発会社を舞台に、ゲーム開発者、ハッカー、買収を企てる大手ソフトウェア会社、利権を狙う官僚組織などが暗躍するミステリー小説です。
主人公は官僚組織からそのゲーム会社に、セキュリティ担当として送り込まれた技師。
彼は公務員ということもあってか、「夢」という言葉がきらいです。「ダンス・ダンス・ダンス」の主人公がある意味望んだ社会システムのつながりに、彼自身はがんじがらめにされていますが、そのことに価値を見出し、ノンキャリアとして官僚組織の中で出世することを自分の人生の目的だと思っています。

この小説で、私が一番印象に残った、システムと夢の関係。
その『お酒を飲みながら会社の幹部と夢について語るシーン』を紹介します。

『「俺は”夢を見る”とか”夢を持つ”とかいった空疎な言葉が生理的に嫌いなんです」
「つまらない考え方だな」
「つまらないとか、面白いとかの問題じゃありません。今の日本の経済・社会システムは精微にできあがっています。夢を追いかけているような連中は、自分を異才か天才だと勘違いしている滑稽なナルシストに見えますね」
「俺はそうは思わないな。お前の考え方こそ、お前の言うところの”日本の経済、社会システム”が紡いできた古い価値観にどっぷり浸かっているだけだ」
「そうでしょうか」
「俺は夢とはシステムの問題だと思っているんだ」
榎木はコップ酒を飲み干し、空のコップを店員に掲げた。
「システムですって?」
「俺はこう思っているんだよ。人が夢を抱けるかどうか、それを実現できるかどうかは、経済、社会システムのあり方に大きくかかっているとな。人が夢を実現できるかどうかは、資金、人材面でそれを支援するシステムの存在に大きくかかっているんだ。
そしてそういうシステムをつくるのは決して難しいことじゃない」』
「バーチャル・ドリーム」渋沢和樹 中央公論新社

当然のことながら主人公は、この会社の幹部、榎木の言葉が理解できません。でも事件に巻き込まれるうち、皆が見ていた「夢」とはふわふわした甘いものではなく、彼らは血をにじむような研鑽と努力をしているのを理解します。榎木たち会社幹部もそれを実現するための「システム」をつくり、自らのやる気を奮い立たせ、ともすれば怠けたくなる自らの心と身体にムチを入れて、終わりのない長距離レースを懸命に走っているのを目にするうち、だんだん自分の考えが変わっていくのを感じるのです。

『榎木は「夢を紡ぐ経営」と言った。その実態は、ふわふわした甘いものではさらさらない。苛烈な、しかしやれば報われる新しい経営なのだ。
自分自身の尊厳の問題として、俺は自分のミッションをやり遂げなければならない。そのミッションとは夢の実現を側面から支援することだ。』
「バーチャル・ドリーム」渋沢和樹 中央公論新社