WCAとは何か

前回、CVCA(顧客価値連鎖分析 -Customer Value Chain Analysis-)について解説し、CVCAを、ビジネスモデルデザインに活用する手法について説明しました。

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このCVCAの派生させたものにWCA(欲求連鎖分析 -Wants Chain Analysis-)という手法があります。WCAは慶應義塾大学大学院SDM研究科で開発された手法です。
SDMのヒューマン・ラボ(前野隆司研究室)のWEBページによれば、WCAの利用できる場として、以下のものが挙げられています。

・企業、NPO、NGOなどの組織において、ビジネスモデルや社会システムの分析とデザイン(設計)のためのツールとしての活用。
・心理学や社会心理学、社会学における、人の欲求と行動の分析ツールとしての活用。
・人がどんな価値体系を重視するのかを分析する倫理学研究のツールとしての活用。
・教育や研修、コーチング等ニューマンデベロップメントのためのツールとしての活用。

このように、WCAの活用できるシーンは多岐にわたりますが、最近特に注目されている分野の一つが、SDGsやコレクティブインパクトなど社会課題の取組みのための手法としての活用です。

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例えば、マイケル・ポーターが唱えた、企業活動(本業)と社会課題の解決を両立させるためのフレームワークとしてのCSV(Common Shared Value)が有名です。
そのためには、人々の「欲求」の分析が欠かせません。人は自分の満足を充足させたいという「利己欲求」を持つと同時に、人の役に立ちたい、だれか(愛する家族など)のために尽くしたいという「利他欲求」を持ちます。

以前ミネラルウォーターのVolvicが実施していた1ℓ→10ℓキャンペーン(1ℓのVolvicの売り上げ当たり、10ℓの井戸をアフリカに提供するというキャンペーン)なども、そのCSVの事例の一つです。
ユーザーの「水を飲みたい」という利己欲求と「社会課題に役立ちたい(アフリカの子供たちに井戸を寄付したい)」という利他欲求を同時に満足させるキャンペーンとして注目されましたが、それをWCAで、一目でわかるように描くことが可能です。

VolvicのCVCA

VolvicのWCA

太線の四角に囲まれているのがCustomer(顧客)等のステークホルダーで、その外側の細線でかこまれた Want~が、欲求(Want)の内容です。赤の矢印は利己欲求、緑が利他欲求を表します。

WCAの書き方

WCAの書き方は、CVCAについてある程度理解している方であれば、すぐに覚えることができると思います。

簡単なモデルとして、街のレストランのランチを考えてみます。
下図は、ランチ提供のCVCAです。

ランチ提供のCVCA

ランチ提供のCVCA

レストランオーナーは、お客にランチを提供し、お客はオーナーにお金を支払う。それぞれ価値を相手に提供していることがわかると思います。

このCVCAに、それぞれのステークホルダーの「欲求」を書き加えれば、WCAとなります。
例えばこんな感じです。

ランチ提供のWCA

ランチ提供のWCA

オーナーには、「お客にランチを食べてほしい」「お金(売上)はできるだけたくさんほしい(できるだけ高く売りたい)」という欲求があります。また、顧客側には「ランチを食べたい」「お金はあまり払いたくない(できるだけ安い金額にしてほしい)」という欲求がありますね。
これをそれぞれのステークホルダーの横に描けば、WCAの完成です。

このWCAを見ると、レストランが提供するランチの内容と顧客が食べたいと思うランチ、そして顧客が払ってもいい金額、オーナーの考える金額が釣り合った時、取引が行われる(つまりCVCAが描ける)ことがわかると思います。

このように文章で書くと当たり前ですが、この当たり前のことができればビジネスは成功するのですから、是非CVCA、WCAをビジネスモデルデザインに活用していただきたいと思います。

CVCA/WCAの欠点(課題)

以上のように、ビジネスモデルデザインにとても有用なCVCAやWCAですが、欠点あるいは課題もあります。
CVCAもWCAも定性ツールですので、ある時点でのステークホルダー間のつながり(相互作用)の有無を表すことができますが、定量的な関係や時間的な関係を表すことができません。
例えば、あるステークホルダーAとは強いつながりがあるが、Bとは弱いつながりであるといったことを表せなかったり、社会情勢などの変化を反映できないという欠点があります。
また、ステークホルダーのつながりや相互作用の有無がわかっても、その原因や対象法までは残念ながら可視化できないという問題もあります。

その対処法として、CVCAやWCAを因果ループ図やストック&フロー図などシステムダイナミクスの手法に転換するというやり方があります。

WCAと因果ループ図(システム思考)との連携

CVCAやWCAは、社会をシステム(要素の相互作用)として考えるシステム思考のツールのひとつですが、因果ループ図も同じようにシステム思考のツールです。

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CVCAやWCAと因果ループ図を連携させる手法がわかると、そのビジネスモデルがこれからも持続可能かどうかをチェックする。ビジネスがうまくいっていないというとき、どこに問題があるか、レバレッジ・ポイント(てこの支点)にあたるのはどこかを知ることができます。また、因果ループ図をさらにシステムダイナミクスのストック&フロー図に変換すればシミュレーションも可能です。

私がこのやり方に気づいたのは、慶応SDMで修士論文の研究をしているときで、その手法は昨年7月に開催された国際学会、International Conference on Business Management of Technology (BMOT 2018)に「A Method of Conversion Wants Chain Analysis to System Dynamics for Evaluation of Business Model」という論文で発表しました。

WCAで記される「ステークホルダーの欲求」というのは、因果ループ図の変数の定義「ステークホルダーが制御したい関心事項」とほぼ等価です。
もう少し具体的に言うと、ステークホルダーの欲求の対象が「関心事項」です。

例えば、レストランのオーナーとお客の間では、「ランチ」と「価格」が関心事項です。

ランチ提供のWCA2

ランチ提供のWCA2

欲求の方向性は、ランチに関しては、食べてほしい(オーナー)―食べたい(お客)ですが、価格については、高くしたい(オーナー)―安くしてほしい(お客)と逆方向であることにも注意が必要です。
以上のことを留意していただければ、ここから因果ループ図にするのは実は簡単で、この関心事項であるランチとプライスをつなぐだけです。

WCAを因果ループ図に転換

WCAを因果ループ図に転換

欲求の方向性が同じランチ(Sales of Lunch)は矢印が+で、方向が逆である価格(Price)は-となります。

このようにして、CVCA→WCA→因果ループ図とモデルを転換、連携させることが可能となります。

論文では、上記のVolvicを因果ループ図に転換し、さらにストック&フロー図にして、シミュレーションをすることで、そのモデルの持続可能性を確認しました。

Volvicモデルの因果ループ図

Volvicモデルの因果ループ図

Volvicモデルのストック&フロー図

Volvicモデルのストック&フロー図

Volvicモデルのシミュレーション

Volvicモデルのシミュレーション

参照論文
Seiji Shima, Nobuyuki Kobayashi, Seiko Shirasaka (2018). “A Method of Converting Wants Chain Analysis to System Dynamics for Evaluation of Business Models” proceedings 2018 7th International Congress on Advanced Applied Informatics (IIAI-AAI 2018), pp.700-705, (2018).