AI人材とアート思考

AI人材になる。そしてAI時代のサバイバルに勝つスキルとして、「『アート思考による判断』。ビジネスパースンはリベラルアーツを身につけることによって、ロジカルシンキングしかできないライバルに差をつけることができる。」と述べているのが、「未来IT図解 これからのAIビジネス (谷田部卓著)」です。


 
変化が遅い時代では、事実ベースのロジカルシンキングは確かに有効でしたが、しかし変化が速く、価値観が多様化している現代では、人任せ(あるいは機械任せ)ではなく、美意識を持って自ら判断できるかが問われていると言います。

「シンギュラリティ」という言葉に代表されるように、「論理」のスピードでは人間はAIに到底叶かないません。だから今後ますますコンピュータの処理速度が高まると、特にビジネスや仕事の分野においてAIに駆逐されてしまう。
特に事務職や専門職と呼ばれる分野では、50%以上の人が仕事を失うとした「オズボーンリスト」もいっとき評判になりました。

これからますますAIが普及する社会において、AIには何ができて、何ができないのか、それらを理解することが、AI人材として、ビジネスパースンが生き残る、あるいはAI時代のビジネスで主導権を握るには欠かせません。

そういう観点からも最近「アート思考」が注目が集まっているのではないでしょうか。

AIの致命的な弱点「フレーム問題」とは

フレーム問題とは、1969年にジョン・マッカーシーとパトリック・ヘイズが唱えた、現代でも人工知能研究の最大の難問と言われている問題です。
一言でいうと、「今しようとしていることに関係のある事柄だけを選び出すのは、実は非常に困難である」ということです。

思考実験として、ここではAI搭載の荷物運搬ロボットを考えます。このロボットは倉庫から荷物を積んだ台車を指定の場所まで運ぶことを命じられています。


 
ところが、この台車には荷物と一緒に時限爆弾も積まれていました。ロボットは荷物と一緒に爆弾も指定の場所まで運んでしまい、大きな被害を与えてしまいました。

その後設計者はロボットを改良し、「命令に従うだけでなく、自分の行動の結果、副次的に何が起きるか考慮する」ようにしました。

そうするとロボットは、台車の前で、「台車を動かしたら、天井が落ちてこないか。」「壁に穴があかないか」「台車が化け物に変身しないか」「明日の天気は変化しないか」「太陽黒点に異常が起きないか」「惑星の軌道が変化しないか」「火星の明るさは変化するのか」とありとあらゆる可能性を計算し始めフリーズしてしまいました。(そして時限爆弾で吹き飛びました。)

設計者はさらにプログラムの修正を行い、「目的(この場合荷物の運搬)と関係ないことは考慮しない」と改良しました。
するとロボットは、台車を前にして「天井が落ちることは目的と関係あるのか」「壁に穴が開くかどうか目的と関係あるのか」「明日の天気は目的と関係あるのか」「惑星の動きと今回の目的は関係あるのか」と無限に考え始め、やはりフリーズして、爆弾で吹っ飛びました。

「フレーム問題」は、AIやロボットに特有の問題ではなく、私たち人間も、1番目のロボットのように考えなしの行動で失敗したり、あるいは2番め、3番めのように考えすぎて行動に移せなくなるということは実際よくある話です。

また、放射線技師に肺のCT画像を調べてもらう実験で、小さながんなどの病巣には気づいても、そこに何故か写っているゴリラの画像には、ほとんどの技師が気づけなかったという「専門家バイアス」も、フレーム問題の一種と考えていいでしょう。

8割の放射線技師が肺のゴリラに気がつかなかった

 
しかし、私たち人間は、この「フレーム問題」を(少なくともある程度は)無意識に対処することができます。

そして、この「フレーム問題」を解決できない限り、人間のようにAIが振る舞う「汎用型AI」をつくるのは難しいとされています。

今世の中にあるAIはすべて、ある特定分野の画像解析であるとか、言語処理などに対処する「特化型AI」です。

つまりAIが作動するためには、予め目的と範囲を設定し、その上で、学習するための適切な画像やデータを人が選んであげたりとか、データベースを設計すると言った、フレームを切る作業、言い換えると、AIがフレーム問題を回避できるように(結構煩雑な)前処理をしてあげないといけないのです。AIエンジニアの多くの作業は、AIそのものの設計よりこの前処理作業が多くを占めるともいいます。

AIを導入すれば、人の労力や費用が削減されると言っても、データを揃えたり、そのデータをAIが正しく読めるよう修正したりといった前処理が、それ以上の労力や費用がかかることが判って、プロジェクトを断念したという話もよく聞くところです。

そして、見落とされがちなのは、この前処理の労力(特に無駄な労力)を抑え、AIを効果的に活用するには、AIシステムをつくる側だけでなく、導入する側の体制や姿勢にかかっているということです。

「フレーム問題」でいえば、「なぜAIの導入が必要なのか」「AIを導入する目的は何か」「企業の中でAIはどういう役割を担うのか」「AIは顧客にどんな利益をもたらすようにするべきか」は人が決めなければいけません。
それらがブレると、AI導入は失敗したり、予想以上のコストをもたらすことになります。

AI導入にアート思考が不可欠の理由

逆に言うと、導入する企業がこれらのフレームをしっかり切っていれば、その中でAIは強力に働くことができます。

実はここに「アート思考」が役立つポイントがあります。

また冒頭に述べたような、ビジネスパースンがAI時代にサバイバル(生き残る)するポイントでもあり、経営者にとっては、AIと人間の役割を正しく把握し、AIを効率的に活用できる「AI人材」育成のポイントにもなります。

アートの制作、例えばだれもが学校の美術でやった「風景画」を例にしてみましょう。

私たちは校庭などに出て、「何を描くか」を決めなければいけません。「風景」そのものは私たちのまわり全てにあるわけですが、それにフレームを切って、キャンパスという空間に落とし込む作業が「絵画」なわけです。

そこには、風景のどこを切り取ったのか、なぜその対象にしたのか、そこにどのような意味があるのか、どのような手法が使われたのか、という作家の意思があるのですが、それが観る側に伝わり、共感を与える画を私たちは「名画」と呼ぶわけです。
もちろん、「名画」と呼ばれるためには、それらに加え、「絵画の技法」すなわち、テクニックが必要なのですが、このテクニックはあくまで「作家の意思」を伝えるための手段に過ぎないともいえます。

これは人間とテクノロジー、AIの問題とまったく同じなのは、おそらく読まれている皆様もすぐに気づくでしょう。

これが、AI導入に「アート思考」が必要な理由であり、また冒頭に述べたように、アート思考を身につけることが、AI時代のサバイバルに勝つスキル。「ビジネスパースンはリベラルアーツを身につけることによって、ロジカルシンキングしかできないライバルに差をつけることができる。」理由です。

「人とAIの共働」「ヒューマン・イン・ザ・ループ」といった言葉はよく唱えられますが、それがお題目に終わらないためには、アート思考のような人間側のフレームワークを正しく整備することが(特に経営者に)問われていることだと思います。

例えば、私たちが開発した「イノベーションのための対話型鑑賞(Visual Thinking Strategies for Innovation)」は、絵画の鑑賞を通じて、「課題発見能力」「課題設定と解決をつなげる能力」「それをロジカルに伝える能力」などを高めるアート思考ワークショップです。