バルミューダ 奇跡のデザイン経営

去る11月26日、デザイン家電会社として知られるバルミューダの初のスマートフォン「BALMUDA Phone」が発売されました。
日本の大手家電メーカーが凋落する中、扇風機、トースターといったコモディティ化したといわれる市場で、今までにない製品を次々と発売して新たな分野を開拓して、イノベーションを続けるバルミューダの次の一手ということで、発売前から注目を集めているようです。


 
バルミューダの扇風機「GreenFan」は、NHKの朝ドラ「半分、青い」のモデルにもなったほど、世の中に衝撃をあたえましたが、これが大手家電メーカーでも、あるいはその出身者でもない青年が立ち上げたベンチャー企業から生まれたというのも評判に拍車をかけたようですね。

実は私自身、創業者の寺尾玄社長は、大手家電メーカーの製品企画出身かプロダクトデザイナーだったのだろうと(勝手に)思っていました。
実際、バルミューダ創業の前後、総合家電メーカーの多くはその祖業から撤退し、中国企業などに売却したり、あるいはシャープのようにまるごと買われていき、多くの社員はそのまま転籍するか、他部署に配置転換していきましたが、中には独立の道を選んで、「デザイン家電メーカー」を立ち上げた人も少なくありませんでした。

しかし『デザイン家電と呼ばれる製品の多くは、中身はどのメーカーとも変わらず、見た目にわずかな味付けを加えて販売するだけのもの。結果これらメーカーの多くは衰退し、市場で影響力を発揮する存在に育つまでに至っていない。(バルミューダ奇跡のデザイン経営 日経デザイン編)』という状況のようです。

そのような中で、寺尾社長は、家電メーカー勤めの経験がないばかりか、商品デザイン経験もなく、高校を中退して海外を放浪した後に、ロックミュージシャンとしてデビューし、10年近く活動するも、バンド解散によって引退、その後独学でものづくりを始めたという経歴の持ち主です。

大学などで専門教育を受けていないという点では、スティーブ・ジョブズもそうですし、その業界ではない人間が革新を起こしたというところは、イーロン・マスクにも通じるところがありますね。

専門教育を受けていたり、その業界で活躍していた人は、その知識と経験はアドバンテージにはなりますが、今日のような変化の激しい時代、逆に「常識」にとらわれて新しい発想がでなかったり、また「イノベーションのジレンマ」に陥ったりすることもあり、それが上述のような「衰退」の一因でもあると思います。

また、これらの「大企業の専門家」が好むであろう、マーケットリサーチによる市場調査をバルミューダは行っていません。データサイエンス、データ経営という言葉が独り歩きしている感のある今日ですが、スティーブ・ジョブズもかつて言ったように「アイデアはマーケットリサーチからは生まれない」のですね。

しかしながら、門外漢で常識にとらわれていないから成功できるとはもちろん限らず、いったいバルミューダの快進撃、バルミューダ製品のようにイノベーションを起こすことができた秘訣は何なのか、解き明かしていきたいと思います。

丸尾社長の「行こう、どこにもなかった方法で(新潮社)」は、その起業前を含む半生について語った著書ですが、かなり個性的なご両親に育てられたことが書かれています。

さらに、その母親が事故によって脳死状態となり、目の前で人工呼吸器を止められるという体験、進路指導というレールを引かれることに反発して高校を自ら中退し、海外を放浪、そしてヨーロッパの片田舎の落書きで知ったブルース・スプリングスティーンの歌詞に憧れて、ロックミュージシャンとしてデビューという経験を綴った文章からは、「人生とはなにか」「どのように生きるのか」ということに真摯に(ある意味青臭く)向き合って来たことが浮かび上がります。
つまり寺尾社長にとって、音楽も家電も同じ「自己表現の手段」であり、「自分がどう生きるか」、「どのような人生を送りたいか」をかたちにしたものです。

私たちが「デザイン家電」という言葉から思い浮かべる、「高級素材を使った見栄えのする製品」「一流デザイナーによるスタイリッシュな外観」というのとは「次元が違う」のがわかってきたように思います。

そう考えると、この「バルミューダの奇跡」の理由、またその「やり方」も見えてきます。寺尾社長自身「センスは鍛えられる」と仰っていますので、そのやり方を、このサイトらしく、アート思考、デザイン思考から読み解いて、これを読んでいる方も応用できるようなフレームワークに落とし込んでいきたいと思います。

バルミューダ経営にも通じるアート思考のフレームワーク

ここでアート思考を持ち出したのは、寺尾氏自身、ロックミュージシャンというアーティストであり、自己表現ということにかなりこだわりがあると再三述べていることにあります。

また、「バルミューダ:奇跡のデザイン経営(日経デザイン編 日経BP社)」で語られている「センスを鍛える方法」は、弊社のワークショップで実施している「イノベーションのための対話的鑑賞法」で目指していたものとほとんど(語弊なく言えば「まったく」)同じでした。

『センスを磨くために日々心がけているのは、身の周りのモノをよく見ることだ。「観察しながら、本当に良いものは何か、皆が好きなものや多くの人が良いと感じる状態はどのようなものかを分析する」。具体的には次のような方法を取る。(中略)
数値では分析できない対象について、自身の感覚を通して価値付けする。その感覚を、寺尾だけでなく、社内の関係者全員が共有していくことがバルミューダの生命線となる。(バルミューダ奇跡のデザイン経営-日経デザイン編-)』

アート思考がブームになって以来、美術鑑賞を推奨したり、社内に絵画など美術品を展示する会社も増えましたが、当然のことながら、漫然と美術品を眺めてもセンスが磨かれるというわけではありません。

私たちはそのための具体的な方法論、そして製品開発に応用できるようなワークショップを実施していますが、その方法を日々、上の記述にあるように景色を観察するときなどにも適応していくと、まさに「センスが磨かれる」ようになるのは、私達のワークショップ受講者も仰っていただいていることです。
ワークショップ参加者の声

イノベーションのための対話型鑑賞法の例

 

バリューグラフで理念や生き方をデザインに結びつける

もうひとつ、ここで紹介したいフレームワークが、「バリューグラフ」です。

バリューグラフの詳細、やり方については「コロナ禍でビジネスモデルを転換するための方法論」や「バリューグラフ「SDGs時代のイノベーション創出手法」」の記事で紹介していますが、スタンフォード大学元教授で、慶應SDMの立ち上げにもご尽力くださった石井浩介氏が著書「価値づくり設計(養賢堂)」で公開したデザイン思考の方法論の一つです。

バルミューダのバリューグラフ。(「バルミューダ奇跡のデザイン経営」の内容をもとに作成)

 
 
このバリューグラフで表されているように、バルミューダの製品は、「使うユーザーの生活を良くする」「革新によって世界の役に立つ」(バルミューダの企業理念)に基づいて作られます。デザイナーとの打ち合わせでも、「これでユーザーの生活は良くなるのか」というところから議論が始まるそうです。

これは上述した寺尾社長(および社員の)の生き方、人生をどう送るのかというところから始まっているわけです。

どうすれば「スタイリッシュと評価されるか」「売れるデザインとなるか」というのとはまさに次元が違います。

そして、その生き方をどう実現するかが下方向の項目で、バルミューダの製品はその実現手段。
さらにその製品をどうやって実現するかが、その下部分で、例えば扇風機や空気清浄機の2段プロペラや水蒸気が発生するトースターといった独自技術です。

これも起点は、「そよ風のような心地よい自然の風はどうすれば再現できるか。」「外側はカリッとして内側はモッチリとした美味しいトーストをどうすれば家庭で食べられるのか」という「ユーザーの生活を良くする」ことが起点であって、決して技術起点ではないことに注目する必要があります。

さらに他社製品とは差別化するための高級感あるデザインを実現するため、素材へのこだわりや加工方法、シンプルなデザインなど、趣旨一貫した製品づくりのための、フレームワークとしてこの「バリューグラフ」は非常に役立つことと思います。

また弊社では、「イノベーションのための対話型鑑賞法」や「バリューグラフ」その他のデザイン思考を組み合わせたワークショップを実施しています。
またバリューグラフを起点の一つとした、ビジネスモデルデザイン、「ICONIX for Business Design」や、それをソフトウェアにしたイノベーションテック・ツール「Blue Logic」など、さまざまな手法を開発しています。

バルミューダのようなイノベーションを起こす企業が日本にたくさんできることが、凋落が止まらない日本経済を復活できる唯一の方法だと思います。

それに少しでも役立つことが弊社の理念でもあります。

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