ロシアの目論見が外れた最大の理由

ロシアがウクライナへの侵攻を始めてから、2ヶ月が過ぎました。

ロシアの当初の計画では、数日で首都キーフ(キエフ)を陥落させ、大統領らを拘束して、新たに傀儡政権をつくる目論見であったと言われています。

西側の軍事専門家の多くもキーフ陥落は時間の問題と見ていて、米国の諜報機関はゼレンスキー大統領を保護して、海外に脱出させる計画も立てていました。
しかしながら、圧倒的な物量のロシアに対しウクライナは予想以上に善戦して、4月末には首都近郊からロシア軍を撤退させました。

なぜ(核兵器まで含めれば)世界第二位の軍事大国のロシアが、東欧の小国であるウクライナにこれほど手こずっているのでしょうか。
2014年のロシアによる一方的なクリミア併合の際は、ウクライナはほとんど抵抗できず、クリミア半島全土を占領されていました。

その時のウクライナと、現在のウクライナの違いを考えることで、今回の戦いの本質が見えてきます。

その本質とは「自律組織とピラミッド組織の戦い」。

もちろんこのような戦いは今までもありましたが、正規軍とゲリラ軍の戦いであったり、片方が圧倒的な兵力を持つ一方的な戦いで、今回のように「がっぷり四つ」で戦われるのは、記憶にあるかぎり初めてではないでしょうか。
(「Star Wars」は除いて(笑))

上意下達型の「ピラミッド組織」のことを「軍隊型組織」などと呼ぶこともあるように、軍隊組織というと、「上官の言うことは絶対服従」といった厳格な上下関係といったイメージがあります。
もちろん実際に規律は厳しいのですが、だからと言って実際の戦場においては、最前線の兵士は上官の命令のみに従うのではなく、自律的に自己判断で動くのが、現在の(特に米国や日本、西欧諸国の)軍隊組織です。

昔ののんびりした(?)戦い方と違い、現代の戦争は、陸・海・空(宇宙含む)を統合的に運用し、それでいて、正規軍だけでなく神出鬼没のゲリラ組織の攻撃にも対応しなければなりません。戦況は刻一刻と変化し、現場の状況を報告して上官の指示を待っている間にも、がらっと状況が変わってしまう。

最近はビジネスの世界でもおなじみになったVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)は、実は米軍で生まれた言葉というのも、ある意味当然かも知れません。

このような状況では、今までのような、現場の状況がリアルタイムでわからない上官からの命令で動いたり、指示を仰ぐのは、必ずしも適切ではないわけです。

現場の兵士ひとりひとりが、状況を見ながら自律的に判断しなければならない。
これが現在の軍隊や戦闘組織の置かれた状況です。


  

ネットワーク中心の戦い(Network-Centric Warfare, NCW)のコンセプト

このような状況に対応するため、また現代のような高度なコンピュータ技術や通信技術に対応した戦い方ををするため、現代の軍隊組織は、以前のような「上意下達」「上官には絶対服従」という組織文化を脱却する必要があります。

1990年代からこの革新をリードしたのが、米海軍の「ネットワーク中心の戦い(NCW)」で、後に全軍に広まりました。
このNCWで重視されたのが、「ボトムアップ / 自己同期」というコンセプトです。

具体的には、組織末端への意思決定権限委任。下級指揮官に対して意思決定権限を委任(Bottom-Up/Power to the Edge)し、指揮構造をフラットにする。また、情勢認識および上級指揮官の意図を共有し、下級指揮官が主体的に敵情に対応して行動を起こすようにする (自己同期: Self-Synchronization)ことで、意思決定・実行を飛躍的に迅速化する。

簡単に言えば、組織の階層構造をフラットにして、現場に意思決定を任せようということです。

「組織のフラット化」は、軍隊だけでなく企業組織などでも最近よく言われていることですね。このサイトでも度々取り上げている、ティール組織やホラクラシーなどの自律組織がまさにそれです。


  
 
しかし、これもよく聞く話ですが、「現場に権限や責任を委任して、主体的・自律的に動いてもらおう」と上が言いっぱなしでは、現場は何をどう動けばよいかわかりません。そこでTOPと現場がシームレスで情報共有できる仕組みが必要になります。
また、陸・海・空軍が、それぞれ他の軍隊や部隊とも共有・連動できる仕組みも欠かせません。

会社組織などのビジネスのシーンでも、現場も経営者と同じ情報が共有できて初めて、「経営者のように」考えたり動けるようになります。(情報を囲い込んでおきながら、現場には「経営者マインドで」などと言う「勘違い経営者」がどれほど多いことか!)

そのための情報システムが、「C4Iシステム」で、C4Iは現代の軍隊組織に欠かせないマインドでありシステムです。

C4Iシステムとは

C4Iとは、Command(命令)、Control(統制)、Communication(通信)、Computer(コンピュータ)という4つの「C」とIntelligence(情報)を組み合わせた言葉です。

軍隊組織には、太古からCommand、Control(命令と統制)という概念があり、伝令、旗、ラッパなどで伝える(Communication)仕組みがありました。
その後有線や無線の通信手段が発達し、また現場の情報(Inteligence)の重要性が認識され、さらに第二次世界大戦以降はComputerが加わり、現在のC4Iシステムの考え方が普及しました。

C4Iシステムの元では、最前線の現場でも司令部と同じように敵味方の全体の状況を把握したり、部隊間で情報共有が可能になります。
そうすることによって、各軍、部隊が連携して敵にあたるということができるのです。

ウクライナ軍の善戦の裏にあるC4Iシステム

上述したように、2014年のクリミア危機の際には、なすすべもなかったウクライナでしたが、これを契機に西側社会、特にNATOに近づき、それまで旧ソ連の仕様を引き継いでいた軍隊組織を、西欧仕様に改めました。
2015年にはNATOとC4Iシステムを連携させる協定を結んでいます。

このシステム連携の結果、NATO軍がポーランド上空の哨戒機で得たロシア軍の情報が、リアルタイムで戦闘現場に伝えられ、またドローンなどを通じた現場映像も、端末を持つ一人ひとりに共有されます。
だからウクライナ軍兵士が持つスティンガーやジャベリンなどの携帯兵器が、的確にロシアの戦車やヘリコプターなどを捉えることができるようになったのです。

一方のロシア軍ですが、こちらは物量こそウクライナ軍を遥かに上回る規模ですが、未だに昔ながらのピラミッド型、上意下達型の軍隊組織。

現場兵士は自律的に判断して動くことではなく、上官に従うことが絶対。
もちろん情報は(上が必要と判断したもの以外は)与えられない。報道では「訓練と聞かされてトラックから降ろされたら戦場だった」というロシア軍兵士の言葉が紹介されていますが、これは現場の士気の問題だけでなく、ロシアの軍隊組織が自律組織的なウクライナ軍と違い、「ピラミッド的型」の軍隊組織であることも表していると思います。

そのためロシア軍は、ウクライナのような統合的な運用ができず、ただその物量に任せて進軍するという単純な戦術しかとれません。そのためその伸び切った兵站(ロジスティック)を、ウクライナ軍の携帯兵器やドローン攻撃で分断されてしまうなど、苦戦を強いられている形になっています。
 
 
上述のようにロシアは、電撃作戦で数日のうちに首都キーフを落としてウクライナ全土を掌握する目論見で、実際開戦当日、キーフの空港を特殊部隊が制圧し、ミサイル攻撃で主だった軍事施設を破壊しました。
おそらくこれらの攻撃で、ウクライナ軍は指揮系統が壊滅し、混乱に陥り、あとは戦車部隊が容易にキーフなど主要都市を制圧できると考えたのだろうと思います。

これがロシアのようなピラミッド型組織であれば、頭を抑えられた軍隊は機能不全に陥っていたかもしれません。
しかし、C4Iシステムが機能していたウクライナ軍は、各部隊が自律的に動くことができるというのを計算に入れていなかったのが、ロシアの誤算だったのかもしれません。

逆にウクライナ軍のほうが、ロシア軍のピラミッド組織の弱点を熟知していて、その組織の結節点である将校を個別に狙撃して、ロシアの軍隊を機能不全にすることに成功しています。

今回のロシア軍の行動で世界を驚かせたのが、普通は現場に出ない将校が、最前線で指揮し、その多くが戦死していることで、4月30日には、制服組トップのゲラシモフ参謀総長が東部激戦地のイジュームを訪問しています。(ウクライナ軍の砲撃で負傷したという情報もあります。)

これらの事柄は、現場の情報がうまく司令部やモスクワに伝わっていないことが示唆されます。

ロシア型の会社組織の行方は?

本記事は、ウクライナ、ロシアのどちらかに肩入れしたり、今後の戦況の行方を占うことが目的で書いたものではありません。

現代のビジネスの用語や手法は、良い悪いは別に戦争や軍隊を起源としているのが多くあり(上述のVUCAや、戦略や戦術、プロジェクトマネジメント、ロジスティックなど)、今回のウクライナ軍、ロシア軍のような組織形態もまた、現在の企業組織などにも色濃く反映されています。

下図は自衛隊のC4Iシステムです(米軍やNATO各国のものもほぼ同様)。このように4階層で運用されている構造になっていますが、それぞれの階層のシステムは独立しています。自律分散型のSystem of Systemsという形で、中央集権型のSystem-Subsytem(例えば「クライアント – サーバ」システム等)とは、発想が異なります。

自衛隊のC4Iシステム概要(Wikipediaより引用)

 
 
アジャイルに詳しい人は、このC4Iシステムの構造が、エンタープライズアジャイル(大規模組織アジャイル)のフレームワークであるSAFe(Scaled Agile Framework)によく似ていることにお気づきかも知れません。

SAFe(Scaled Agile Framework)の概要(現場のレイヤーを最上位に描いています。)

 
 
開発の最前線は、柔軟に現場の様々な出来事に対応できるよう、XPやスクラムのフレームワークでスプリントを回します。そして「プログラム層」で、チーム間の情報共有を行い、プロダクトの開発が全体としてスムーズに進むようマネジメントを行います。
さらにソリューションやポートフォリオのレイヤーで、マーケティングや顧客対応、経営全体の観点から現場を支援する環境を整えます。

これはC4Iシステムの、それぞれのレイヤー、現場の「交戦支援」その現場を広い面から支える「戦術支援」、ビジネスのソリューションに当たる「作戦支援」、そして「業務支援」に対応しています。

共通しているのは、現場が自律的に動けるよう、情報がスムーズに現場に届けられ共有できるためのシステムであるということ。これはまさに(このサイトでも何度も述べている)DX(デジタル・トランスフォーメーション)の目的にもほかなりません。

「DXとはRPAを入れて、現場の経費を節減することだ」くらいにしか考えていない(多くの)経営者は、会社の体制が「大昔の軍隊組織」なんだということを自覚して経営にあたってほしいと思います。


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