ビジネスと進化理論

前回の「VUCA時代のビジネスは進化論に学べ」の記事でも述べたように、変化の時代に生き残るため思考の軸として、「進化の理論」に注目が集まっています。

その中で進化理論に基づいた経営理論をいくつか紹介しましたが、ここでは具体的にその中の一つ、「エコロジーベースの進化理論」を取り上げたいと思います。

この理論は、ストレートにダーウィンの進化理論を経営学に応用した理論体系だからです。

進化のプロセスは後述するように、変異と適応のプロセスに分けられますが、ノースカロライナ大学のハワード・オルドリッチ教授は、これを企業活動に適用し、「多様化(Variation)」「選択(Selection)」「維持(Retention)」「苦闘(Struggle)」の4つのプロセスに分類しました。

4つの頭文字をとって「VSRSメカニズム」あるいは「VSRSプロセス」と呼ばれています。

多様化(Variation)は、環境変化の中で様々な生物種が生まれる様を言います。
経済環境で言えばインターネット環境が広まった1990年代から2000年代初頭にかけ、多くのインターネットベンチャーが誕生したような状況です。このころアマゾン(1993年)、Google(1998年)、Facebook(2004年)などを始めとする、現在世界の覇権を争う多くの企業が生まれたのは記憶にまだ新しいところですね。日本でも、Yahoo Japan(1996年)、楽天(1997年)、オン・ザ・エッヂ(後のライブドア 1996年)の創業もこのころです。

そしてその次が、選択(Selection)です。たくさん生まれた生物種の中で、環境に適応して生き残るのはごく一部です。これが進化論でいう、自然淘汰、自然選択のフェーズです。
ネットバブルの環境の中で、雨後の筍のように生まれたベンチャー企業も、実際に環境に適応できて生き残ったのはごく一部です。多くは潰れたり、GAFAなどの企業に買収(吸収)されていきました。

環境に適応し生き残ったフェーズが維持(Retention)です。
今の大企業はみなこの選択(Selection)から維持(Retention)のフェーズを経て、その規模を拡大してきました。
しかしその環境もやがて(あるいは突然)変化し、固有種の持つ特性が新たな環境に合わなくなります。このフェーズが苦闘(Struggle)です。

近年の多くの日本企業はまさに苦闘中のフェーズにあると言えるかもしれません。

自然界では、その苦闘のフェーズの中で、交配により突然変異でさらに多様(Variation)な種が生まれてきます。変化の環境の中で、また新たなベンチャー企業が生まれる。
このサイクルがVSRSメカニズムです。
 
 

VSRSメカニズム

 
 
DXが今注目されているのも、日本企業の多くが、苦闘(Struggle)のフェーズにあり、ここから再び多様化(Variation)、選択(Selection)のフェーズに乗せるための変革(トランスフォーム)の手段だからではないでしょうか。

VUCA時代のビジネスは進化論に学べ」に書いたように、日本企業の多くの経営者は、「効率化」という以前(20世紀)に適応した環境の思考のままで、デジタル導入を試みているので、縮小均衡、つまりデフレ状態に陥っているわけです。

進化思考とVSRSメカニズム

VSRSメカニズムで表される「エコロジーベースの進化理論(経営学の進化理論)」では、経営やビジネス、流行の移り変わりなど多くの事象を説明することができますが、これをデザインの角度から解こうとしているのが、太刀川英輔著「進化思考」です。

進化思考:太刀川英輔著

 
 
デザインを生命の活動や進化のように考えるという思想は古くからあって、1960年代のメタボリズム運動などがよく知られています。
現在解体が進められている、黒川紀章設計の「中銀カプセルタワー」(1972年竣工)は、そのシンボルでした。

この「進化思考」では進化のメカニズムを「変異と適応」の2つに分けて説明しています。
これを上記のVSRSメカニズムに当てはめれば、苦闘(Struggle)から多様化(Variation)へと至るフェーズが「変異」で、選択(Selection)から維持(Retention)へ向かうフェーズが「適用」と言えるでしょう。

この著の特徴は、「変異」のデザイン手法を9つの手法、そして4つの「適応」手法に分けて解説しているところです。
変異の9つの手法は、「オズボーンのチェックリスト」や「SCANPER法」とほぼ同じで、アイデアやデザインのもとに対して人為的に変化、すなわち「変異」を与えるというもの。
そして「適応」手法は、デザインを取り巻く「環境」を2つの軸(空間:外部と内部、時間:過去と未来)に見立てて、その適応手法を考えるというものです。

進化思考(変異の手法)とオズボーンのチェックリスト

「進化思考」の内容に関しては、日本デザイン学会での批判、それに対する反論など、いろいろ議論が起こっているようです。
私個人の意見を言えば、この本を学術書として捉えた上で、上記の13個(9+4)の手法を「生物の進化のメカニズムから導いた」とすると、批判する人達が言うように、生物学的あるいはデザインの視点から見て「後付け感」は否めないとは思います。これらの手法自体は、オズボーンなどいろいろな人が実施してきたアイデア発想法の伝統的手法でもあるからです。

ただ、この本への批判者は、「論文のお作法」に基づいてこの本を批判しています。
このあたりのロジックは自分も研究者の端くれなのでわからなくもないですが、私は、この本は論文でも学術書でもなく、実用書だと思っているので、生物学としてあるいは事実として誤っている箇所はともかく、生物学からの「論理の飛躍」を「学問の論理」「論文の論理」で批判するのもちょっと違う気がします。

なぜなら、この論理の飛躍こそが、この著者の説く「変異」だからです。
生命のロジックや進化のロジックを上記の表のように「擬態」「転移」あるいはオズボーンのチェックリストにある「変更」「応用」「転用」「置換」しているのが、この著書であり、それこそが「進化思考」の言わんとしているところだと思います。
 
このあたりは「進化思考」という言葉(本のタイトル)の問題という部分もあって、例えばリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」というタイトルに対して、「利己も利他もそもそも遺伝子自身に『意思や思想』はない」と批判を浴びせることと似ているかもしれません。
 
 
  
いずれにせよ私たち個人が、「進化」そのものや「環境」をコントロールするのは不可能(あるいは非常に困難)であって、私たちはその環境変化にどのように「適応」していくのかを考えたり実行したりすることしかできません。

ただそのためには、「環境」という外部環境に目を向け、その「変化」を感じ取る能力や手法が不可欠であるというのが、「進化理論」の説くところであって、そのためのツールとして、「VSRSメカニズム」「進化思考(の手法)」があるということだと思います。

DX(デジタル・トランスフォーメーション)を考える際にも、その視点がないまま、単にITツールを導入しても目的は達成できない。これは重ねて強調したいポイントです。

日本能率協会主催「アート思考入門セミナー」